「Being=あり方を土台に」2015.9.12

日本青少年育成協会、教育コーチングで有名な小山英樹氏の

「いじめの問題に立ち向かう」という提言です。

 

少し難解ですが、何度も読んで理解したいと思います。学びの共有ができれば嬉しいです。

 

心理学では、人の関連する世界には「Being」「Doing」「Having」の領域があると考える。Beingは「ある」、Doingは「する」、Havingは「える・もつ」という領域である。

 

人は通常、得たいもの(Having)を得るためにという感覚で行動(Doing)している。

 

「志望校に合格するために勉強する」、「勝つために厳しい練習を積む」である。

 

実はこの感覚は、得たいものが得られたかどうかが価値基準となる、得られなければ敗北感や自己否定感が生じる、得ることが目的化して行動が無秩序・無制御になる、得られたら行動が止まるといった特徴を持つ。

 

自分がどうあるか、自分とは何者か、何のために生まれたのか、何が究極の幸福か…これがBeingである。

 

Beingは無意識の領域にあることが多く認識されにくい。

 

しかしそれを認識し、そこから行動(Doing)を創り出すことができればどうだろう。

 

「自分は人の幸福に貢献する人間である。そうであるために勉強する」、「自分は困難を乗り越え続ける人間である。そうであるために厳しい練習を積む」、となる。

 

自分の価値は自分のBeingに照らして自分で決めることが可能になる。結果に左右されて行動がぶれることがなくなる。

 

得たいものが得られない行動にも、あり方に照らして意味を見出すようになる。

教師は様々な行動を生徒に求める。時間を守れ、勉強せよ、ルールを守れ、話を聞け、協力せよ、挨拶をせよ…。

 

そして様々な行動を生徒に禁ずる。言い訳をするな、怠けるな、嘘をつくな、いたずらをするな、私語をするな、甘えるな、仲間外れをするな…。

 

こうした指示の一つひとつが、教師のBeingから発せられ、生徒のBeingに届いているならそれは教育であり、そうでないなら問題解決のための操縦・制御である。

 

教師はそこを徹底的に観察して欲しいし、探究して欲しい。

 

生徒が自分の無意識の領域にあるBeingに気付くのは、教師のBeingに触れた瞬間である。

 

教師が自分のBeingを語り、生徒一人ひとりがBeingを明文化して承認しあう、そんなセミナータイムを是非設けて欲しい。、授業や面談、教育相談にもそんな意図を持って臨んで欲しい。

 

悲しい哉、本質的・根源的な幸福感を知らないでいると短絡的な快楽に走る…、人間はそういう生き物なのだ。

 

Beingに満ちた教育活動無くしていじめは根絶しない。